不良オヤジがなにを言う

以前は職場体験での教師の常識知らずな話。
最近では鑑賞のマナーに関する指導不足の話。

そして今回、おまつり会場で定期演奏会の宣伝チラシをマキに来た生徒さんのお話です。

まず、一般的な事と違うのは「音楽を演奏する者として、であるならば」が前提です。


私たちが演奏している最中、眼前で自分達の定期演奏会のチラシを配っています。

曲間ではなく、曲中に。

曲が終わって、何人の生徒さんが拍手をしたでしょうか・・・。


あたしは、その演奏を聴くつもりが全くなくても、そこでたまたま演奏や演技やパフォーマンスがあれば、一瞬手を止め、最低でも拍手はします。

わざわざ市外へ来て飛び込みでポスターの依頼、良い事だと思います。
軒並みのポスティング、良い事だと思います。

「下手な演奏はどうでもいい」  それもわかります。

「どうか、わたしたちの演奏を聴きに来てくさい!!」と、頭を下げてお願いする気持ちでやっている事のはずです。

聴きに来て下さる可能性が高く、きっかけを持っている人。を高い順番に書き出したら、どんな人が対象になるでしょう。

その話を聞いて、わたしたちは不快でした。目撃したメンバーは、もっと不快だったでしょう。

そこに芽生える心情は・・・、わかりますよねぇ。


これに限らず、
どこでも同じなのでしょうか・・・。
「音楽を演奏している者同士」という親近感がどこかへ消えてしまった。
としか思えない、変な事がたくさんありませんか?


(話を戻して)
結果、あたしはこうやってブログに書いたり、娘に話したりします。

「残念」と口にし、「えー!あんな凄い演奏するのに?!がっかり。」と口に出し、「聴きに行かなくてもいいかも」と、心の中で思います。

それを聞いた人がまた一人、また一人と・・・。

マネージメントで、古くから言われているのが「口コミは、お金の掛らない最大の広告宣伝!!」
これはつまり、逆もまたしかりで、すぐに来店客は減り、売上は減り、倒産することだってたくさんあります。

レベルが高ければ高いほど、お客様の期待度も高くなります。それを満足させてくれるからリピーターが増え、より高みへ行きます。
商売も音楽もなんら変わりません。

そして今回の場合、それを教育するのは、「先生」と呼ばれる教師です。
誰でも行き届かないことはあります。失敗と反省と改善をくりかえしながらですから、今はそれで仕方ない。
糧にして頂ければと願います。


「クレームは宝物」   言い尽くされてる言葉ですが、
「お客様」に神経を注がず、成功し継続している例は一つもありません。
謙虚さは、いつのまにか消えるものです。

あたしたちも、「お客様アンケート」、「お客様ノート」などなど色々やりましたが、いつのまにか止めてました。
今では、年に2回の覆面調査しかやってません。

いかん。「部長」と呼ばれているクセに・・・。
明日のマネージャー会で提言します。


反省多き、今日この頃になってしまいました・・・。
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「大人の事情」が大人らしかった事は、ほとんど無い。と思う。
「大人の事情」=幼稚なレベル と思うのはあたしだけだろうか。

と言いつつも、あたし自身も全くもってそうなのだけど...。

大人同士のそれならば、「ま。大変だね。(お好きにどうぞ)」くらいにしか思わないけど、
そこに、子供まで巻き込まれる場合もあったりするでしょ。
これはダメでしょっ!!

大人の個人的な、
好き・嫌い、合う・合わない、思い通りになる・ならない、やりがいある・面倒くさいなどなどの判断基準があって、
それら「大人の事情」のために、実は子供の可能性を狭めていませんか?
と思うの。(まぁ、立派な大人の事情もあるんでしょうから、それは別として)

そんな大人に当たった子供はかわいそう。
「あの上司先輩に当たった部下後輩はかわいそう!」と同じ。

自分色に染めたいから、自分の言う事をきく状態にしたいわけで。
実はそれってイエスマン作りになってませんか?
「子供が、散々迷って決めて失敗して」それで上等!!
大人になって責任しょってからの失敗を少なくするためにも、無責任な子供時代に学んでおくべきでしょ。
もちろん「子供の好きにさせろ」ではなく、「失敗ありき」でもなく、
大人なんだから上手に導くようにガンバレ。と思うの。
そのために、時には圧力や強制や威圧も必要で、それを上手に使えばイイ。

本質を見失うと良くない。
強制を賛同と勘違いしてる。
例えば、
あたしが職場で「○○した方がイイ。」と言ったとしても、受け取る方は「しなさい」と受け取る。
当然の事です。
言った方は賛同が得られたと思うかもだけど、言われた方は決定(強制)でしょ。

「子供を守るため」と、もっともらしい事言うけど、
本当に守る力のある人は、そんな事に「守るため」なんて言葉は使いませんよ。
いざっ!!って事態に陥ったとき、守ってあげず責任転嫁するんじゃないの?
って思ってしまう。

自分の実績、地位、名声が欲しいのはわかるし、それは悪ではないし。しかし
本質や優先すべき事を見失っての「自分の思い通りに」はイカンでしょ。

職種、役職、地位、立場、経験、年齢などなど、高ければ、長ければ、頭かかえる事も多いけど、

そうであるならある程、本質を見失わず、優先すべきを誤らず、ビジョンを消すことなく
そこに「大人の事情」が幅をきかせないように行動せねば。


「それは良くないと思うよ。って言えない」

これが一番の大人の事情だと、あたしは思う。


謙虚に聴かない人も良くない   上手に言わない人も良くない
他人や子供には偉そうに説いてるのに自身はアカン。て事多い。

「これで解決!!」なんて手法があるわけでもなく・・・。




そんなわけで、3日ぶりのネット

くだびれ状態だけど、午前中は高校へ行ってきました。
パーカッションアレンジの楽譜を渡して、管楽器のアレンジをしてる副顧問先生と顧問の先生とパーカスの子たちとの擦り合わせと打ち合わせのために

トロンボーンパートの指導をしながらウロウロして、他の楽器の子たちの様子もそしらぬ顔でチェック
上達してる子もけっこういたから、「上手くなったね」とか「音が前よりイイじゃん」と。

たまにしか行かない。
けど、たまにしか行かないから「変わった事」がよ~くわかる。

OB会長の横田君が課題曲指導で振りに来てたから、それをチョロっと聴いて、そろ~と帰ろ。
と思ってたのに、はじめの4小節を聴いて愕然としました。
ので最後までいました。


音楽に精気が無いんです。
個人レベルを平均すると、確かに普通ぐらいですごく上手とは言い難い。にしても。
この狭い場所ではあるけど、以前聴いた時は活き活きしていた。
コンクールはずっと銅だったけど、この「活き活き」があったから期待が持てたし、それがカラーでもあった。
おととしまでの銅とは明らかに違っていた去年の銅。今年は期待していました。なのに・・・。
技術的な事など、突っ込みどころはたっくさんあるけど、これはそれ以前の問題だ。と思ったのです。
意思統一ができていない。目標感が無い。怠けてはいないんだけど、気持ちがバラバラ?楽しそうでない。
なんか変!!こんなんじゃなかったのに・・・。


「厳しい事言うようだけど、こんなんじゃ私が審査員なら間違いなく最初の2小節で銅をつけるよ!!」
と合奏が終わってから切り出し。
「楽譜を読みとって楽器を使ってその音を出す機械みたい。しかも正確じゃないし、みんなバラバラで」
「音楽を表現しようとか伝えたいとかいう気持ちが無いみたい。なんでそんなに暗いの?」と。
そんな事をつらつら言った。


そしたらそのあと、何人かの子たちが泣いていた。

やっぱりこれは何かある。と思った。
っていうか、そう感じない方が不自然なくらい。
「クソったれが!OBだと思って偉そうに!!」の涙ならイイのだけど、それとはまったく違う。

話を聴いてみると、案の定「心にわだかまり」があった。
つまり「人」の問題。

何かにつけ不満や文句を言い反発する幼稚な人。
責任感や向上心が無く、何を言っても「はぁ」って感じの人。
そんなこんなを背負って、ガマンして。言いたいけど言えない人。
このままじゃいけない。それは解ってるんだけど・・・。

幼稚かもしれないけど、その不満や文句も全部が間違っているわけじゃないんだから、ちゃんと正しい事だって言ってる時もあるわけだし。


大人でも子どもでも、会社でも学校でも起こってる事は同じだ。

自分を観る客観視と謙虚さが欠ける。
陰で話す事が増える。
敵か味方かみたいな幼稚なレベルに陥る。
そしてガマンする。
結果、何も解決せず改善されず、ドンドン悪くなる。
学校の場合は、1年我慢すれば人が代わるから更に悪循環。

ぶちまけるなら愛と責任を持って、堂々とぶちまけなければ。
それで感情的になって激昂されてもイイじゃん。

優しさと甘やかしは違うから、優先すべきは「言いにくい人」「困ったちゃん」ではないはず。

でもね、「よぉ~しガツンと言ってやる」って言うものの、いざそうなるとやんわりと遠回しになっちゃうしね。




そういうのを踏み越えて来て、「あの頃はなぁ~」って人も多いはず。

それを青春というなら、今も同じでしょ

昔も今も、悩ましいねぇ。   みんな頑張ってる。




「今やらなきゃ。今がチャンス。」
「大丈夫。絶対良くなるよ。直後はもっと悪くなるけど、そのあと絶対すごーく良くなる!!それも縁だよ。」

と、話して帰った。
今回の「100吹」でも、「またお前か」と思った人も多いはず・・・。
いや、何かあって凹んでるわけではないので。
「100吹」に限らず、ずっと思ってたこと・・・。


例えば企画運営に関して・・・、
気付いてしまう。気になってしまう。
黙ってればイイのだけど、お客様の事を考えると「まあいいか」では済ませられなくて。
このままでは次が育たない・・・。半分は間違いなく私のせい。
身を引くのは簡単で、スっとおとなしくすればイイのだけど・・・、何の構築もできてないまま身を引くのはあまりに・・・。


例えば演奏に関して・・・、
片手に「上達して欲しいから、機会を作らなければ。」
反対の片手に「良い演奏を聴いて頂くのがこちらの責任。」
この両方の手に悩まされる。
どちらも大事。
目立ちたいとか、そうじゃないとか。そんな幼い理由ならどれほど楽なことか。
「適材適所」も「立場が成長させるも」両方大事なのよ。


物事はバランス、良いと言う人もいれば、悪いと言う人もいる。どちらも正解。
私が正しいわけではない。自分の思い通りにしようと思うほど幼くもない。
大事なのは、ミクロに配慮しつつミクロに偏らないこと。マクロの視野を持って、ミクロに気づくアンテナを持つこと。そして、偏らないけど「これはマズい」というミクロに気付いて手を打つこと。

仕事だろうがアンサンブルや合奏やセッションだって、みんなおんなじ。
キッズブラス塾が始まって5年、やっと実現します。

グラントワの担当の方との意見交換です。

案内状には「反省会」とありました。
「アレが良かった、コレが悪かった」を言うのは簡単なので、
それを踏まえ、「じゃあこれからどうしていくのか」を掲げるために意見をします。
「地域とともに新しい芸術文化を育むとともに、その創造をめざします。」と、グラントワも謳っていますから。

ですから、そこに関わる人は、全てはそこにつながって、進んでいるのです。
「良いものを創りたい」という想いは、皆同じなんです。

①グラントワという箱とそこで働く人があるからこそ、
②グラントワの人だけでは行き届かないところをフォローする人が居るからこそ、
③グラントワの呼びかけに理解と協力をして下さる学校の先生、保護者が居るからこそ、そして、
④グラントワの客席に座ってくださる人が居るからこそ。

「良いもの」を目指す者同士、お互いの言葉を聴き合い、「創り上げる場」を目指します。
「ビジョン」を明確に立て共有するようにします。同じものを目指す者同士。

横の連携ができていけば、きっとうまくいく。

キッカケは3/11の、あたしがやらかした赤ジャケ事件。
館長さんとお話できまして、その時、どうかミーティングを開いてください。というお願いを聞き入れてくださったからです。
お金が欲しいです。

職責を与えられるようになってから、あたしはスタッフに「お金がもっと欲しいから仕事をしてる」と言い続けています。

子どもにもっとイイものを買ってやりたい。海外旅行にも連れて行ってやりたい。
美味いものもっと食べたいし、バイクが欲しい。
アノ車に乗りたいし、楽器もオーダーしたい。
パソコン欲しいし、スーツも一着じゃ心許ない。マウスピースも買いたいし・・・。


当たり前だけど、収入以上の支出には限界があります。それが個人だろうが企業だろうがなんだろうが。

では、その収入は何で決まりますか?

わたしは、そして私たちは売上(お客様)で決まります。

失敗すれば売上(お客様)が減り、収入も伸びませんし、減ったりもします。
成功すれば売上(お客様)が増え、評価が高くなり、収入も増えます。

みなさんはどうですか?


これも当たり前ですが、私たち管理職は、スタッフの、そしてその家族の生活の責任を負ってます。
軽々しい事、好き嫌いや自己中的な判断は絶対にできないんです。

収入が少ないのは、自分のせいです。
もっとお客様が喜んで、増える事が出来ていないから、収入が上がらないだけの事。
出来るスタッフを育てられない、自分のせいです。

相手が喜んでくれなければ、お客様が楽しんでくれなければ、結局自分には返ってこないんです。

だから、相手やお客様のために努力します。

それでも、仕事だから「できて当たり前」なんです。
それで生活の糧を得ているのだから「できて当たり前」なんです。
だから、できない理由は、同じものを目指すチーム内では検証のため言いますが、相手やお客様には言えないんです。当たり前ですけど。

そして、相手やお客様が、もっと喜んで楽しんで頂けるものを創造し、チャレンジするんです。
マネージメントの要素である 人・物・金・時間・情報(昔は人・物・金でしたが)を使って、みんな頑張ります。
人が動くことに「タダ」なモノは無いんです。

何か良くない事が起こらないように上司や部署の仲間があって、何か良くない事が起こっても、上司や部署の仲間がいます。

理念や目標・目的、ビジョンや訓がちゃんとあって、それを共有しているという前提が当たり前にあって、そうして集まっている人たちなんです。
それを目指して、頑張る人たちの集まりなんです。
(まぁ、そこから始めないと。そしてそこを通っていかなければならないのですが。)

仮に、評価が無くても。あるいは結果の善し悪しにかかわらず収入が安定であっても、頑張れば喜びが増すし、自分に返ってくると思います。

どんな業種、職種でも、音楽など芸術でもスポーツでも、大事な判断基準はおんなじです。
「もし、自分が逆の立場だったら」
相手の立場だったら、お客様の立場だったら、責任者の立場だったら、部下の立場だったら、子どもの立場だったら、親の立場だったら、当事者の立場だったら、第三者の立場だったら・・・etc。
「良い今まで」を継承し、「良くない今まで」を改めて行く。それが先輩たちとお金を与えてくれる方達への礼儀です。

ちなみに、接客業でない職業は存在しないと思ってます。
全ては接客業の中にあります。

「あんたの言ってる事は当たりの事だよ」と、叱られそうな気がしますが・・・(汗)


わたしはお金が欲しいです。でも、こんな自分じゃぁまだまだダメ。スタッフにも申し訳ないです。
Bom?Toroのメンバーにも音のメージがあると思います。
あの3人の音色は、以前と比べたら、とても良くなっています。
以前の個性もいつでも出せるし。

なぜ、身内を褒めるようなことを書いたかというと、

中年のおっさんでも、気持があればナンボでも変われる。だからみなさんも、もっともっとイケる!

を言いたかったからです。本人達は気付いてないかもですが。